大ヒットのヒミツ ~萌黄の蚊帳の販売手法~

 萌黄色に染められた蚊帳の江戸市中における営業ぶりは、『守貞漫稿』(大阪の町人・喜田川守貞が江戸時代の上方、江戸の風俗を見聞や文献考証によって著した書)によると、次のようであった。

  近江の商人で、日本橋通一丁目などに出店を構えて、もっぱら近江産の畳表や蚊帳などの類を売る店があった。この店では手代を売人にしたて、雇夫に蟵(かや)を担わせて市中を商いさせていた。その服装は両人とも菅笠をかぶり、雇夫はいつも新しい半天を着て、蚊帳をいれた紙張の籠を担っていた。雇夫には、特に美声の者を選び、数日間、売り言葉を練習させてから商いに就かせた。

 ♪萌黄ノカヤァ

と声長く唱えるうちに、半町(約54メートル)も歩を運ぶほどの長い売り声であった。

(2016年1月西川文化財団発行「西川450年史」より)