現在、滋賀県に本店を置く唯一の地方銀行である滋賀銀行は、昭和8(1933)年に、彦根市に本店があった第百三十三国立銀行と近江八幡市に本店があった八幡銀行が合併して誕生しました。
八幡銀行の設立は明治14(1881)年で、滋賀銀行に至るまでの歴史は50年余りとなります。その間、4名の頭取が経営にあたりましたが、うち2名は西川の当主、すなわち、11代目西川甚五郎(第2代頭取、明治24年~明治38年)と、12代目西川甚五郎(第4代頭取、明治41年~昭和8年)が務めました。
12代目西川甚五郎は、昭和11年6月、満66歳となったのを機に自身が所有していた滋賀銀行の株式を西川商店の役職員に譲り、永年店務に精励してくれた労苦をねぎらうとともに感謝の気持ちを伝えています。その際の挨拶文には次のように記されており、八幡銀行の経営に心魂を傾けた心境がよく伺われます。
「私が29歳で家督を相続し、先祖代々の事業を継承してから、ここに38年が経ちました。(中略)今や私も老境に達し、先日、家督を第13代に譲りました。そして本日、誕生日を迎えるにあたり、その記念として、私が家業の傍ら生涯の努力を傾注してきた滋賀銀行の株式を皆さんに分配し、ささやかながらその労をねぎらいたいと思います。そもそも滋賀銀行の前身である八幡銀行は、亡き父重威が創立したものであり、私はその跡を継いで26年間頭取を務めました。家業の傍ら、終始その経営に努力し、年ごとに隆盛に向かっていましたが、たまたま昭和8年10月、時代の進展に伴って百三十三銀行と合併し、滋賀銀行と改称するに至りました。今や我が滋賀県唯一の金融機関としてますます堅実さを加え、信用も世間の定評があり、日ごとに繁栄を極めているところです。これは私の生涯を通じて最も心血を注いだ事業であるため、特に同行の株式を選んで皆さんに贈り、末永い記念としようとするものです。どうか皆さん、私のこの意図を汲み取っていただき、この株式を永久に保有して記念とするとともに、各自身を慎み、健康に留意してください。(後略)」
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