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<title>西川こぼれ話</title>
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<description>西川こぼれ話</description>
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<title>大根一把を喜ぶ　～１１代目西川甚五郎の逸話～</title>
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<description>
　「ふとんの西川」でお馴染みの西川ですが、１５６６（永禄９）年の創業以来、永年の主力商品は「蚊帳」や「畳表」でした。その取扱い品に「ふとん」が加わったのは、１９８７（明治２０）年のことです。それまで「ふとん」は買うものではなく、自家で作るものでした。それを商品化したことは画期的なことであったに違いありません。
※下の写真は、ふとんの取扱いを始めた当時の広告です。
　当時の当主は１１代目西川甚五郎。１１代目は１８４８（嘉永元）年に生まれ、５歳のときに父である１０代目が３２歳の若さで早逝したため家督を相続しました（祖父である９代目が後見した）。その年（嘉永６年）はペリーが黒船で来航した年で、一般的にはこの事件から「幕末」は始まったと言われています。１１代目は、幕末から明治に至る日本の大変革期に家業の発展に尽力しました。
　その１１代目には次のような逸話が残されています。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「親戚や知人から、時どき滅多に手に入らない珍味が寄せられることがあります。大変感謝しているものの、内心は却って大根を一把（ひとたば）頂く方がうれしいのです。なぜなら、珍味は私一人が口にするだけで数十人の家人と分けて賞味できません。大根一把なら、一家の夕食に供して皆で食べてその恵みに感謝することができますから」
　西川家には、７代目西川利助が作った「三ツ割銀制度」がありました。これは、年２回の決算ででた純益の三分の一を奉公人に分配したもので、現在のボーナス制度とも言われています。奉公人のやる気を引き出すとともに、幸せをともに分かち合うという精神が込められています。１１代目の話にも、この心が語られていました。





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<dc:date>2026-06-24T17:00:00+09:00</dc:date>
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<p>　「ふとんの西川」でお馴染みの西川ですが、１５６６（永禄９）年の創業以来、永年の主力商品は「蚊帳」や「畳表」でした。その取扱い品に「ふとん」が加わったのは、１９８７（明治２０）年のことです。それまで「ふとん」は買うものではなく、自家で作るものでした。それを商品化したことは画期的なことであったに違いありません。</p>
<p>※下の写真は、ふとんの取扱いを始めた当時の広告です。</p>
<p>　当時の当主は１１代目西川甚五郎。１１代目は１８４８（嘉永元）年に生まれ、５歳のときに父である１０代目が３２歳の若さで早逝したため家督を相続しました（祖父である９代目が後見した）。その年（嘉永６年）はペリーが黒船で来航した年で、一般的にはこの事件から「幕末」は始まったと言われています。１１代目は、幕末から明治に至る日本の大変革期に家業の発展に尽力しました。</p>
<p>　その１１代目には次のような逸話が残されています。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「親戚や知人から、時どき滅多に手に入らない珍味が寄せられることがあります。大変感謝しているものの、内心は却って大根を一把（ひとたば）頂く方がうれしいのです。なぜなら、珍味は私一人が口にするだけで数十人の家人と分けて賞味できません。大根一把なら、一家の夕食に供して皆で食べてその恵みに感謝することができますから」</p>
<p>　西川家には、７代目西川利助が作った「三ツ割銀制度」がありました。これは、年２回の決算ででた純益の三分の一を奉公人に分配したもので、現在のボーナス制度とも言われています。奉公人のやる気を引き出すとともに、幸せをともに分かち合うという精神が込められています。１１代目の話にも、この心が語られていました。</p>
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<div class="cms-content-parts-sin178245089314161800 box cparts-id403--01 lay-margin-b--3" data-selectable="cparts-animate cparts-animate--slideInUp:上へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInDown:下へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInLeft:左へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInRight:右へスライド">
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<div class="cparts-img-block lay-img-width--max lay-col12-xs-12"><img id="cms-editor-image-sin178245089314165600" class="cparts-editsite--img cms-easy-edit" alt="2-05_蒲団の取り扱い開始広告" src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/koborebanashi/images2026062614154732.png" width="675" /></div>
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<item rdf:about="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122428/">
<title>大ヒットのヒミツ　～萌黄の蚊帳の販売手法～</title>
<link>https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122428/</link>
<description>　萌黄色に染められた蚊帳の江戸市中における営業ぶりは、『守貞漫稿』（大阪の町人・喜田川守貞が江戸時代の上方、江戸の風俗を見聞や文献考証によって著した書)によると、次のようであった。 &#160;　近江の商人で、日本橋通一丁目などに出店を構えて、もっぱら近江産の畳表や蚊帳などの類を売る店があった。この店では手代を売人にしたて、雇夫に蟵（かや）を担わせて市中を商いさせていた。その服装は両人とも菅笠をかぶり、雇夫はいつも新しい半天を着て、蚊帳をいれた紙張の籠を担っていた。雇夫には、特に美声の者を選び、数日間、売り言葉を練習させてから商いに就かせた。 　♪萌黄ノカヤァ と声長く唱えるうちに、半町（約５４メートル）も歩を運ぶほどの長い売り声であった。 （２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より） 

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<div id="cms-editor-minieditor-sin178228746942124800" class="cms-content-parts-sin178228746942131600"><p>　萌黄色に染められた蚊帳の江戸市中における営業ぶりは、『守貞漫稿』（大阪の町人・喜田川守貞が江戸時代の上方、江戸の風俗を見聞や文献考証によって著した書)によると、次のようであった。</p> <p>&#160;　近江の商人で、日本橋通一丁目などに出店を構えて、もっぱら近江産の畳表や蚊帳などの類を売る店があった。この店では手代を売人にしたて、雇夫に蟵（かや）を担わせて市中を商いさせていた。その服装は両人とも菅笠をかぶり、雇夫はいつも新しい半天を着て、蚊帳をいれた紙張の籠を担っていた。雇夫には、特に美声の者を選び、数日間、売り言葉を練習させてから商いに就かせた。</p> <p>　♪萌黄ノカヤァ</p> <p>と声長く唱えるうちに、半町（約５４メートル）も歩を運ぶほどの長い売り声であった。</p> <p>（２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より）</p> <p><img src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/image-3760d2829da261e4d6099549ad23fdc4.png" alt="" /></p> <p></p></div><div class="cms-content-parts-sin178228764286768500 box cparts-id403--01 lay-margin-b--3" data-selectable="cparts-animate cparts-animate--slideInUp:上へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInDown:下へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInLeft:左へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInRight:右へスライド">
<div class="lay-row">
<div class="cparts-img-block lay-img-width--max lay-col12-xs-12"><img id="cms-editor-image-sin178228764286772300" class="cparts-editsite--img cms-easy-edit" alt="" src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/koborebanashi/image-3760d2829da261e4d6099549ad23fdc4.png" width="675"/></div>
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<item rdf:about="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122427/">
<title>２代目が創案した萌黄蚊帳　～箱根越えの「夢の啓示」～</title>
<link>https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122427/</link>
<description>
&#160;　２代目甚五が箱根越えをしていた折、疲れきった体を休めようと木陰に身を横たえた。その時、緑色のつたかずらが一面に広がる野原にいる夢を見る。つたかずらの若葉の色が目に映えて、まるで仙境にいるようだったという。「涼味あふれる緑に囲まれたシーンを目にすれば、蚊帳の中にいる人の気持ちを和ませ、爽快な気持ちにさせるであろう」と考え、このイメージを蚊帳に再現。萌黄色に染められ、紅色の縁取りを施されて、登場したのである。この近江蚊帳誕生のエピソードは、近江の歴史を語るいくつかの資料に記載され、語り継がれている。
（２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より）







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<dc:date>2026-06-24T15:45:00+09:00</dc:date>
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<div id="cms-editor-minieditor-sin178228401029713200" class="cms-content-parts-sin178228401029724800">
<p>&#160;　２代目甚五が箱根越えをしていた折、疲れきった体を休めようと木陰に身を横たえた。その時、緑色のつたかずらが一面に広がる野原にいる夢を見る。つたかずらの若葉の色が目に映えて、まるで仙境にいるようだったという。「涼味あふれる緑に囲まれたシーンを目にすれば、蚊帳の中にいる人の気持ちを和ませ、爽快な気持ちにさせるであろう」と考え、このイメージを蚊帳に再現。萌黄色に染められ、紅色の縁取りを施されて、登場したのである。この近江蚊帳誕生のエピソードは、近江の歴史を語るいくつかの資料に記載され、語り継がれている。</p>
<p><span style="color: rgb(60, 60, 60); font-family: 游明朝体, &#34;Yu Mincho&#34;, YuMincho, &#34;Hiragino Kaku Gothic ProN&#34;, &#34;Hiragino Kaku Gothic Pro&#34;, メイリオ, Meiryo, &#34;ＭＳ ゴシック&#34;, sans-serif; font-size: 18px;">（２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より）</span><img src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/image-1c31e7c2ab298f215048d1c11f768705.png" alt="" /></p>
<p></p>
<p></p>
</div>
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<div class="lay-row">
<div class="cparts-img-block lay-img-width--max lay-col12-xs-12"><img id="cms-editor-image-sin178228497806772400" class="cparts-editsite--img cms-easy-edit" alt="" src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/koborebanashi/image-1c31e7c2ab298f215048d1c11f768705.png" width="675" /></div>
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<item rdf:about="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122426/">
<title>江戸の火事と西川家の積立金制度</title>
<link>https://nishikawabunkazaidan.or.jp/business/koborebanashi/2026/122426/</link>
<description>
&#160;　江戸時代を通じて２００余りの火事があった。中でも１６５７（明暦３）年の振袖火事（明暦の大火）、１７７２（明和９）年の目黒大円寺よりの出火、１８０６（文化３）年の芝車町からの出火は特に大きく、江戸の三大火と呼ばれている。
　明暦の大火以降、幕府も消火、消防制度の確立に努力し、旗本、与力、同心による定火消のほかに、譜代大名より出す方角火消、外様大名より出す大名火消などが付け加えられた。１８世紀初頭の正徳、享保時代には、トビ人足よりなる４８組の町火消ができ、武家火消と先陣を争う光景が見られるようになった。
　江戸の商店は再々の火災に悩まされ、西川の店、店ともに例外ではなく、度々被害に遭っている。当時は、災害に対して保険制度などないため、その復旧費用は全面的に被災者の負担となる。西川家では、このような不時の出費に備えるための工夫として、積立金制度を整えてきた。

（２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より）


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<p>&#160;　江戸時代を通じて２００余りの火事があった。中でも１６５７（明暦３）年の振袖火事（明暦の大火）、１７７２（明和９）年の目黒大円寺よりの出火、１８０６（文化３）年の芝車町からの出火は特に大きく、江戸の三大火と呼ばれている。</p>
<p>　明暦の大火以降、幕府も消火、消防制度の確立に努力し、旗本、与力、同心による定火消のほかに、譜代大名より出す方角火消、外様大名より出す大名火消などが付け加えられた。１８世紀初頭の正徳、享保時代には、トビ人足よりなる４８組の町火消ができ、武家火消と先陣を争う光景が見られるようになった。</p>
<p>　江戸の商店は再々の火災に悩まされ、西川の<img src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/business/histroy_1615.png" width="17" height="19" alt="" style="color: rgb(51, 51, 51); font-family: &#34;Helvetica Neue&#34;, Helvetica, Arial, sans-serif; font-size: 14px;" />店、<img src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/business/histroy_1741.png" width="17" height="19" alt="" style="color: rgb(51, 51, 51); font-family: &#34;Helvetica Neue&#34;, Helvetica, Arial, sans-serif; font-size: 14px;" />店ともに例外ではなく、度々被害に遭っている。当時は、災害に対して保険制度などないため、その復旧費用は全面的に被災者の負担となる。西川家では、このような不時の出費に備えるための工夫として、積立金制度を整えてきた。</p>
<p></p>
<p>（２０１６年１月西川文化財団発行「西川４５０年史」より）</p>
</div><div class="cms-content-parts-sin178226730734891600 box cparts-id403--01 lay-margin-b--3" data-selectable="cparts-animate cparts-animate--slideInUp:上へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInDown:下へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInLeft:左へスライド,cparts-animate cparts-animate--slideInRight:右へスライド">
<div class="lay-row">
<div class="cparts-img-block lay-img-width--max lay-col12-xs-12"><img id="cms-editor-image-sin178226730734897600" class="cparts-editsite--img cms-easy-edit" alt="" src="https://nishikawabunkazaidan.or.jp/images/koborebanashi/image-6f8d3d6bd560cbb705d49bae446bbcde.png" width="675"/></div>
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